『イクサガミ』を観た夜に、考えてしまうこと──選ばされ続ける世界で、どこで降りるか
エンドロールが流れ終わっても、
すぐに電気を点けられなかった夜がある。
何かに打ちのめされたわけでも、
感動で胸がいっぱいになったわけでもない。
ただ、
自分の中で、静かに何かが動いてしまった。
『イクサガミ』は、
物語を終わらせない。
それは、
次の展開を匂わせるからではない。
伏線を残すからでもない。
観る側の現実に、手を伸ばしてくるからだ。
選ばされていることに、気づいた夜
この物語を観ていると、
不思議な感覚に襲われる。
登場人物たちは、
確かに選ばされている。
場所が与えられ、
ルールが決められ、
降りにくい空気が、
最初から用意されている。
だが同時に、
彼らは選んでいる。
剣を取るか。
踏み出すか。
続けるか。
誰も、完全に縛られてはいない。
だからこそ、選択の責任は、すべて本人に返ってくる。
この構造に、
どこか既視感を覚えた人も多いはずだ。
仕事を続けるか。
辞めるか。
挑戦するか。
諦めるか。
形式上、選択肢はある。
だが実際には、
どれも簡単ではない。
そして多くの場合、
「選ばされた気がする」まま、
一歩を踏み出してしまう。
選ばされたのか。
選んだのか。
その境界は、いつも曖昧だ。
『イクサガミ』が残酷なのは、
この曖昧さを、
一切、否定してくれないところだ。
逃げ道も、
正解も、
用意しない。
ただ、
「あなたも、同じ構造の中にいる」と、
静かに示す。
「降りる」という選択肢を、思い出す
物語の中で、
もっとも印象に残るのは、
誰かが勝つ瞬間でも、
誰かが倒れる瞬間でもない。
むしろ、
誰も降りないことだ。
続ける理由は、
それぞれ違う。
金。
名誉。
過去。
あるいは、
もう戻る場所がないという感覚。
だが共通しているのは、
「降りる」という選択肢が、
次第に視界から消えていくことだ。
最初は、
確かにあったはずなのに。
降りられると分かっているのに、
降りる決断だけが、
どんどん重くなる。
これは、
現実でも同じだ。
続けてきた時間。
費やした労力。
期待されているという感覚。
それらが積み重なるほど、
降りることは、
敗北のように感じられてしまう。
やめる自由は、
いつも、
続ける勇気よりも
見えにくい。
『イクサガミ』は、
降りる人間を、
英雄として描かない。
称賛もしない。
正当化もしない。
だからこそ、
観る側は、
「降りる」という行為を、
自分で考えなければならなくなる。
降りることは、
逃げなのか。
それとも、
選択なのか。
その答えを、
物語は用意しない。
この物語を、ここで終わらせないために
『イクサガミ』を観た夜、
胸に残るのは、
教訓でも、
感動でもない。
ただ、
問いだけだ。
自分は今、
どこで戦っているのか。
そして、
どこで降りられるのか。
この問いは、
答えを急がせない。
むしろ、
日常に戻ってから、
じわじわと効いてくる。
満員電車の中で。
深夜のデスクで。
誰にも言えない違和感を抱えたまま。
物語は、
現実を変えてくれない。
だが、
現実を見る角度を、
少しだけ変える。
『イクサガミ』は、
答えを与えない代わりに、
選択を、
こちらに返してくる。
続けるか。
降りるか。
今すぐ決めなくてもいい。
間違えてもいい。
ただ一つだけ、
忘れなければいい。
選ばされていると感じた瞬間こそ、
自分が選べる場所に、
立っている可能性があるということを。
物語は終わった。
だが、
選択は、
今日も続いている。
この文章を読み終えたあと、
あなたが一度、
立ち止まれたなら。
それだけで、
『イクサガミ』は、
スクリーンの外に出て、
確かに生きたと言える。
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どこから読んでも構いません。
ただ、読み進めるほどに、『イクサガミ』は物語ではなく「問い」へと変わっていきます。
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本記事は、Netflix配信作品『イクサガミ』を視聴した体験をもとに、
作品から受け取った印象や余韻、そこから生まれた個人的な思索を文章化したものです。
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