主人公はなぜアリスだったのか
──選ばされ続けた人間の物語
本記事は、Netflixドラマ『今際の国のアリス』を起点に、
「なぜこの物語の中心に、アリスという人物が置かれたのか」を考える連載の第3回です。
ヒーロー論や成長物語ではなく、選ばされ続けた人間という視点から主人公像を読み解きます。
『今際の国のアリス』を観ていて、
一度は、
こう思った人がいるはずだ。
なぜ、アリスなんだ。
もっと強い人物もいる。
もっと冷静な人物もいる。
もっと覚悟が決まっている人物もいる。
それでも、
物語は、
アリスを中心に回り続ける。
彼は、
最初から、
特別な才能を持っていない。
判断を誤る。
感情に流される。
逃げ腰になる。
主人公としては、
正直、
頼りない。
ヒーローらしくない。
だが、
それでも、
アリスは、
最後まで、
中心から外されない。
この違和感は、
偶然ではない。
この物語は、
「最もふさわしい人間」を
主人公に選んでいない
からだ。
むしろ、
最も、
選ばされてしまう人間
を、
主人公にしている。
第2記事で見てきたように、
この世界のゲームは、
能力や正しさを、
正しく評価しない。
ならば、
その中心に立つ人間も、
「優秀」である必要はない。
必要なのは、
疑い続けてしまうこと
だ。
アリスは、
選択をしたあとも、
立ち止まる。
「本当に、これでよかったのか」
と、
何度も、
考えてしまう。
その姿勢こそが、
この世界では、
最も生きづらい。
だが、
同時に、
この物語が、
彼を手放せなかった理由でもある。
第3記事では、
アリスという主人公を、
強さや成長ではなく、
「選ばされ続けた人間」
として、
見つめ直していく。
その視点に立ったとき、
『今際の国のアリス』は、
かなり違う顔を見せる。
ヒーローの物語ではない。
希望の物語でもない。
それでも、
目を離せなくなってしまう理由
を、
言葉にしていこう。
アリスは「選ばれた」のではなく「残ってしまった」
物語の主人公という言葉には、
どうしても、
ある期待がまとわりつく。
選ばれし者。
特別な存在。
物語を導く役割。
だが、
『今際の国のアリス』のアリスは、
そのどれにも、
きれいには当てはまらない。
彼は、
選ばれたように見えない。
むしろ、
物語を追えば追うほど、
こう感じる。
なぜ、
この人が、
まだここにいるのか。
アリスは、
ゲームを支配しない。
流れを読めない場面も多い。
決断が遅れることもある。
英雄的な勝利を、
何度も重ねるわけではない。
それでも、
彼は、
脱落しない。
勝ち続けたのではない。
負けきらなかっただけだ。
この感覚は、
とても重要だ。
なぜなら、
『今際の国のアリス』の世界では、
「勝つ」ことよりも、
「残る」ことの方が、
はるかに現実的
だからだ。
第2記事で見てきたように、
このゲームは、
能力や正しさを、
きれいに評価しない。
だから、
アリスが中心にいる理由も、
「優秀だから」では説明できない。
彼は、
ただ、
決定的に失敗しなかった
。
一瞬の遅れ。
一度の躊躇。
一つの判断ミス。
それらが、
命取りになる世界で、
ギリギリの線を、
踏み越えずに済んだ。
残ってしまった、
という感覚。
この言葉には、
誇らしさがない。
むしろ、
どこか、
重たい。
アリス自身も、
自分が残っている理由を、
はっきり説明できない。
だからこそ、
彼は、
自分を誇らない。
生き残った事実を、
成功として、
受け取れない。
なぜ、自分だけが。
この問いを、
彼は、
何度も、
抱え込む。
そして、
その問いを、
手放さない。
ここに、
この物語が、
アリスを主人公に選んだ理由がある。
残ってしまったことを、
美談にしない人間
。
生き残った理由を、
能力や運で、
簡単に片付けない人間。
アリスは、
勝者の物語を、
引き受けない。
だからこそ、
この物語は、
彼の視点を、
必要とした。
残った者が、
語り手になる。
それは、
英雄の物語ではない。
だが、
現実に、
もっとも近い物語だ。
彼はなぜ、何度も立ち止まってしまうのか
アリスという主人公を見ていて、
多くの人が、
同じもどかしさを覚える。
なぜ、
すぐに動けないのか。
決断が遅い。
迷いが多い。
感情に引きずられる。
デスゲームの世界では、
それは、
致命的な欠点に見える。
だが、
この立ち止まりは、
アリスの弱さであると同時に、
この物語にとって、
欠かせない性質
でもある。
アリスは、
選択をする前に、
必ず、
考えてしまう。
その選択で、
誰が傷つくのか。
誰が、
取り残されるのか。
結果だけではなく、
過程を想像してしまう
。
考えなくていいことまで、
考えてしまう。
第2記事で触れたように、
この世界のゲームは、
考える者ほど、
追い詰められる。
時間は足りない。
情報も足りない。
そんな状況で、
立ち止まることは、
生存戦略としては、
最悪だ。
それでも、
アリスは、
止まってしまう。
なぜか。
それは、
彼が、
「選択の重さ」を、
軽く扱えない人間
だからだ。
誰かを切り捨てて、
前に進むことが、
どうしても、
できない。
生き残るための判断が、
正しく見えない。
この感覚は、
現実にも、
よくある。
合理的だと分かっていても、
割り切れない。
最適解だと分かっていても、
選べない。
アリスは、
その葛藤を、
最後まで、
手放さない。
だから、
彼は、
何度も、
立ち止まる。
そして、
この立ち止まりが、
物語の中で、
奇妙な役割を果たす。
止まることで、
世界の歪みが、
見えてしまう。
周囲が、
前へ前へと、
進もうとする中で、
立ち止まる人間だけが、
構造に、
気づいてしまう。
この世界が、
なぜ、
こんな形をしているのか。
なぜ、
選ばされる感覚が、
消えないのか。
アリスは、
その答えに、
近づいてしまう。
だからこそ、
彼は、
楽になれない。
立ち止まることは、
救いではない。
むしろ、
苦しさを、
引き受けることだ。
それでも、
アリスは、
止まる。
その姿勢こそが、
この物語が、
彼を、
主人公から外さなかった理由だ。
彼は、なぜ他人の死を引きずり続けるのか
『今際の国のアリス』の中で、
アリスが、
最も主人公らしくない瞬間は、
ここかもしれない。
彼は、
他人の死を、
簡単に乗り越えない。
泣き続ける。
立ち止まる。
何度も、
同じ場面を思い返す。
もう終わったことなのに。
周囲は、
そう言いたげな顔をする。
生き残るためには、
前に進まなければならない。
いつまでも、
引きずっていては、
次に進めない。
この世界では、
それが、
正論だ。
だが、
アリスは、
その正論に、
適応できない。
彼は、
死を、
処理できない人間
だからだ。
誰かが死んだという事実を、
「仕方なかった」と、
箱に入れて、
閉じることができない。
あの選択は、
本当に、
必要だったのか。
何度も、
同じ問いに、
戻ってしまう。
この態度は、
デスゲームの世界では、
明らかに、
不利だ。
感情を切り離せる人間ほど、
判断は速くなる。
過去を振り返らない人間ほど、
前に進める。
忘れることは、
生存戦略だ。
だが、
アリスは、
忘れない。
忘れられない。
それは、
彼が、
自分が生き残った理由を、
他人の死で正当化したくない
からだ。
「自分が正しかったから」
「相手が弱かったから」
そう言ってしまえば、
楽になる。
だが、
それは、
死んだ人間を、
結果で裁くことになる。
それだけは、
できなかった。
アリスは、
生き残ったことを、
誇りにしない。
むしろ、
負債のように抱え込む
。
その姿は、
主人公としては、
不格好だ。
だが、
物語は、
その不格好さを、
手放さない。
なぜなら、
この世界では、
誰かの死を、
完全に乗り越えた瞬間、
次の死が、
「許容できるもの」
になってしまうからだ。
慣れてしまうことが、
一番、
怖い。
アリスが、
他人の死を、
引きずり続けるのは、
弱さではない。
それは、
この世界に、
完全に適応してしまわないための、
最後の抵抗
だ。
だから、
彼は、
苦しみ続ける。
そして、
その苦しみこそが、
この物語を、
単なる生存競争に、
変えなかった。
それでも彼は、世界を疑うことをやめなかった
ここまで見てきたように、
アリスは、
この世界に、
うまく適応できない。
決断は遅く、
死を引きずり、
生き残ったことを、
誇りにもしない。
この世界で、
生き残るための条件から、
ことごとく、
外れている。
それなのに、
彼は、
中心に立ち続ける。
なぜか。
それは、
アリスが、
世界そのものを、
疑い続けた人間
だったからだ。
多くの人間は、
ゲームのルールに、
適応しようとする。
どうすれば勝てるのか。
どうすれば生き残れるのか。
その問いに、
必死で、
答えを探す。
だが、
アリスは、
どこかで、
立ち止まる。
そもそも、
なぜ、
こんな世界があるのか。
なぜ、
人が、
選ばされるのか。
なぜ、
死が、
娯楽のように扱われるのか。
その問いは、
この世界では、
無意味
だ。
答えは、
与えられない。
それでも、
彼は、
疑うことを、
やめない。
適応しない、
という選択。
アリスの疑いは、
反抗ではない。
世界を壊そうとする、
革命でもない。
ただ、
飲み込まれない
という姿勢だ。
この姿勢は、
この世界にとって、
非常に、
厄介だ。
なぜなら、
疑い続ける人間は、
物語を、
完結させない
からだ。
勝者にも、
敗者にも、
きれいに、
収まらない。
意味を、
固定させない。
だから、
アリスは、
強くならない。
ヒーローにも、
ならない。
それでも、
物語は、
彼を、
中心から、
外さない。
なぜなら、
この物語が、
描こうとしているのは、
勝利ではなく、
問いそのもの
だからだ。
アリスは、
答えを出さない。
だが、
問いを、
抱え続ける。
その姿勢だけが、
世界を、
少しだけ、
異物にする。
それは、
世界を変える力ではない。
だが、
世界に、
完全に、
呑み込まれないための、
最低限の抵抗だ。
この物語は、
その抵抗を、
主人公に託した。
だから、
アリスは、
最後まで、
「答えのある人間」には、
ならない。
問い続ける人間
として、
立ち続ける。
主人公が“答えを出さない”という選択
物語の主人公には、
しばしば、
期待される役割がある。
困難を乗り越えること。
世界の謎を解くこと。
正しい答えに辿り着くこと。
だが、
『今際の国のアリス』のアリスは、
そのどれもを、
きれいには果たさない。
彼は、
答えを出さない。
世界の正体を、
完全には理解しない。
この場所の意味を、
はっきりと言語化もしない。
それは、
無能だからではない。
答えを出すこと自体が、
この世界では、
危険だと知っている
からだ。
答えを出せば、
物語は、
閉じてしまう。
「そういう世界だったのだ」
「そういう仕組みだったのだ」
そう言い切った瞬間、
問いは、
役目を終える。
理解したつもりになることが、
一番、
世界に適応してしまう。
アリスは、
それを、
選ばなかった。
彼は、
理解しきれないまま、
そこに立ち続ける。
その姿勢は、
ヒーローとしては、
未完成だ。
だが、
この物語においては、
それこそが、
最大の意味を持つ。
答えを出さないという選択は、
世界を肯定もしないし、
否定もしない
という立ち位置を、
可能にする。
それは、
逃げではない。
完全に呑み込まれないための、
距離の取り方
だ。
分かったふりをしない、
という勇気。
アリスは、
世界を救わない。
だが、
世界に、
意味を与えすぎない。
その曖昧さが、
物語を、
生かし続ける。
そして、
観る側にも、
同じ選択肢を、
差し出す。
答えを急がなくてもいい
という選択肢を。
それが、
この主人公が、
最後まで、
主人公であり続けた理由だ。
まとめ|なぜ、この物語はアリスを手放さなかったのか
『今際の国のアリス』は、
最後まで、
アリスを、
手放さなかった。
それは、
彼が、
最も強かったからではない。
最も賢かったからでも、
最も正しかったからでもない。
むしろ、
その逆だ。
アリスは、
この世界に、
うまく適応できなかった。
選択に迷い、
死を引きずり、
答えを出すことを、
最後まで、
ためらった。
それは、
デスゲームの主人公としては、
致命的な欠点に見える。
だが、
この物語が描こうとしたのは、
勝ち方
ではなかった。
描こうとしたのは、
選ばされる世界の中で、
どう立ち続けるか
という姿勢だった。
アリスは、
生き残った理由を、
能力や運で、
正当化しなかった。
世界を、
完全に理解したとも、
言わなかった。
分からないまま、
立ち続ける。
その姿は、
不安定で、
頼りなく、
美しくもない。
だが、
だからこそ、
この物語は、
彼を、
主人公から降ろせなかった。
もし、
彼が、
世界を受け入れてしまったら。
もし、
答えを出してしまったら。
この物語は、
そこで、
終わってしまう。
問いが終わる物語は、
生き残らない。
『今際の国のアリス』が、
今も語られ続けているのは、
アリスが、
問いを、
抱え続けたからだ。
彼は、
ヒーローにならなかった。
だが、
観る側に、
答えを急がなくていい
という余白を、
残した。
その余白こそが、
この物語が、
デスゲームを超えて、
人の心に残る理由だ。
次の記事では、
この主人公像を踏まえたうえで、
物語の終着点
について考える。
それは、
救いだったのか。
それとも、
別の問いだったのか。
アリスが、
最後まで、
答えを出さなかった理由を、
もう一度、
別の角度から、
見つめ直す。
この主人公論の前後を読む
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第2回|理不尽なゲームは何を試していたのか
- 第3回(本記事)|なぜ主人公はアリスだったのか
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第4回|最終回は救いだったのか──結末に残された問い
免責事項
本記事は、Netflixドラマ『今際の国のアリス』を題材に、
主人公像や物語構造について、筆者個人の視点から考察・表現したものです。
特定の解釈や結論を断定・推奨する意図はなく、
作品の受け取り方や感じ方は、視聴者それぞれに委ねられるものと考えています。
本記事は、物語を通して生じる違和感や問いを言語化することを目的としており、
人生観・価値観・行動指針を示すものではありません。
記事内容を参考にしたことによって生じたいかなる判断・行動・結果についても、
当サイトでは一切の責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。
各作品の正式な設定・制作意図・最新情報については、
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