1月12日。また戻りたくなる朝に──休みたい気持ちは、間違いじゃない
🌒 1月12日は「もう一度休みたい日」
1月12日の朝は、少しだけ裏切りに似ている。
昨日まで、なんとか持ちこたえていたはずなのに、
目を覚ました瞬間、ふっと思ってしまう。
「まだ、休みたい」と。
体調が悪いわけじゃない。
致命的な疲れがあるわけでもない。
それなのに、布団から出る理由が、急に見つからなくなる。
1月11日までは、「疲れている」と言えた。
でも12日になると、その言葉すら使いづらい。
「もう始まっているのに」
「そろそろ慣れなきゃいけないのに」
そんな空気の中で芽を出すのが、揺り戻しだ。
前に進もうとした分だけ、
心が後ろに引っ張られる。
僕はこの感覚を、何度も経験してきた。
そして毎回、「甘えなんじゃないか」と疑ってしまう。
でも、1月12日ははっきり言いたい。
戻りたくなる気持ちは、失敗じゃない。
🕰 慣れようとした反動が、今日に出る
人は、思っている以上に「慣れよう」と頑張っている。
年が明け、仕事が始まり、日常に戻る。
その一つひとつに、小さな緊張を重ねている。
1月10日、11日は、まだ踏ん張れてしまう。
でも12日になると、その反動が出る。
身体より先に、気持ちが音を上げる。
僕の場合、それは朝の静けさに現れる。
目覚ましが鳴る前の、ほんの数分。
「ああ、またあの時間に戻りたい」
何も決めなくてよかった日々を思い出す。
この揺り戻しを、意志の弱さと勘違いしやすい。
でも実際は逆だ。
ここまで頑張ってきた証拠でもある。
慣れようとした。
前に進もうとした。
その分だけ、心が一度、後ろを振り返っている。
1月12日は、その振り返りを無理に止めなくていい日だ。
🎬 揺り戻しの朝に、思い出した作品
そんな朝に、僕が思い出すのは『マリッジ・ストーリー』だ。
この作品は、決断の物語として語られることが多い。
でも僕には、揺り戻しの映画に見える。
前に進もうとする。
別の道を選ぼうとする。
それでも、何度も過去に引き戻される。
「あのとき、こうしていれば」
「本当に、これでよかったのか」
そうした問いが、何度も波のように押し寄せる。
この映画が誠実なのは、
揺り戻しを否定しないところだ。
後戻りしそうになる心を、弱さとして処理しない。
1月12日の朝に似ている。
進みたい気持ちと、戻りたい気持ちが、
同時に存在してしまう、その状態を、そのまま描いている。
🎬 今日、この揺れにいちばん近い一本
もし今朝、何かを流すなら。
気合を入れる作品や、成功談は避けたい。
『マリッジ・ストーリー』は、
背中を押してくれる映画じゃない。
でも、揺れている自分を置き去りにしない。
観ていて楽しいわけでも、前向きになれるわけでもない。
それでも、「揺れている時間も人生だ」と、
静かに教えてくれる。
1月12日は、答えを出す日じゃない。
揺れている自分を、確認する日だ。
🎞 作品について──揺り戻しの感情を、そのまま抱えさせてくれる映画
1月12日の朝に『マリッジ・ストーリー』を思い出すのは、たぶん理屈じゃない。
この映画を観るとき、僕は「観よう」と決めているわけじゃない。
頭のどこかで、勝手に浮かんでくる。
それは、心がまだ決断に追いついていない朝だ。
この作品は、別れの映画だと言われる。
確かにそうだと思う。
でも僕には、それ以上に「揺れ続ける映画」に見える。
前に進もうとする力と、後ろに引き戻される感情が、
最後まできれいに整理されないまま、同時に存在している。
登場人物たちは、何度も決めたはずのことを、何度も疑い直す。
一度出した結論に、何度も戻ってくる。
「本当に、これでよかったのか」
その問いが、映画のあちこちに残り続ける。
僕はそこに、1月12日の朝を重ねてしまう。
仕事が始まり、日常に戻ったはずなのに、
ふとした瞬間に、休みの空気が恋しくなる。
もう戻れないと分かっているのに、
戻りたくなる自分を、完全には否定できない。
『マリッジ・ストーリー』が誠実なのは、
その揺れを「未熟さ」や「優柔不断」として片づけないところだ。
揺れている時間そのものを、人生の一部として描く。
誰かが正しくて、誰かが間違っている、という構図を取らない。
選んだ道が正解だった、とも言わない。
ただ、「選んだあとにも感情は残る」という事実を、
何度も、何度も、違う角度から見せてくる。
1月12日は、ちょうどそんな日だと思う。
前に進み始めたはずなのに、
完全には踏み切れていない朝。
昨日までの自分と、今日からの自分が、
同じ身体の中で、まだ折り合いをつけられていない。
この映画を観ていると、
「揺れている自分を急いで片づけなくていい」
そんな気持ちになる。
決断はしていい。
でも、感情まで一気に整理する必要はない。
『マリッジ・ストーリー』は、
その中途半端な状態を、最後まで許してくれる。
観終わっても、すっきりはしない。
答えも出ない。
でも、揺れている時間を生きていること自体が、
間違いじゃなかったと思える。
1月12日。
また休みたくなる朝。
前に進みたい気持ちと、戻りたい気持ちが、
同じ重さで存在してしまう時間。
この映画は、そのどちらかを選ばせない。
揺れたまま、朝を迎えていい。
そう、静かに肯定してくれる。
🛋 戻りたくなる気持ちと、一緒にいる
揺り戻しが来ると、人は焦る。
「このままで大丈夫なのか」
「ちゃんと進めているのか」
でも、戻りたくなる気持ちは、
消すものじゃなく、隣に置くものだと思う。
僕は最近、そう考えるようになった。
無理に前だけを向こうとすると、
かえって転びやすくなる。
1月12日は、半歩戻ってもいい。
昨日より遅くてもいい。
立ち止まらなければ、それで十分だ。
揺れている自分を否定しない。
それが、この日のいちばんの仕事かもしれない。
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🌙 まとめ──揺れたまま、今日を始めていい
1月12日は、やり直す日じゃない。
立て直す日でもない。
揺れている自分を、そのまま連れていく日だ。
戻りたい気持ちがあってもいい。
進みきれなくてもいい。
その揺れごと、今日を始めていい。
── 黒川 煌
📚 補足・免責
※本記事はNetflix配信作品を題材に、映像批評家・黒川 煌の視点で構成しています。
※配信状況は地域・時期により変更される場合があります。



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